サンドアニメーション 砂童日誌:12月17日前半 
不安を抱えたまま迎えた17日。
どうにもこうにも困った状態のままだけど、午前中はNHKで仕事の打ち合わせ。気持的にはそんな余裕はないんだけど、仕事だからしょうがない。電車待ちの10分、駅前の本屋さんを覗いたら、安部公房の「砂の女」が目に入ったので「これは読めってことだよな」と思い電車の中でチラ読み。この本を初めて読んだ中学生の頃はひどく興奮して何度も読み返したのに。うーん、だけどいま読むとそうでもない・・・と何のインスパイアもないまま渋谷に到着。駅から乗ったタクシーの中でも少し読もうと思っていたら、すぐに深い眠りに落ちて、ハッと目が醒めると、ちょうど目的地。「あっ、こここここここ、ここで下ろして!」って慌てて降りたので「砂の女」はタクシーに置き去り。たぶん足下に落ちてたんだろうな。文庫本をなくすのはよくあることだけど、妙にひっかかる。頭の中で何か一つが終ったような虚空が広がるような、意味ありげな感覚が足下に残留したまま、仕事の打ち合わせに入る。

午後1時前、打ち合わせ終了。
渋谷駅前を歩いていると昭和的な臭いたっぷりの居酒屋から小椋桂の「夢芝居」が大音響で流れてきて、ちょっといい感じ。♪稽古不足を 幕は待たない 恋はいつでも夢芝居〜♪なんて歌詞が今の自分っぽくて、鼻唄しながら歩いていたら、芝居小屋のオーナーの永島さんを思い出した。いや、思い出したってもね、まだ生きてますよ。なんとなく小椋桂と私と永島さんは不思議な繋がりがあるようなので思い出した。
ちょうど私が小椋桂さんの曲にアニメーションつける仕事をしている頃、3年くらい前。その頃、大宮の飲み屋で出会った変なオッサンが永島さん。なぜか永島さんも小椋桂さんのラジオ番組の脚本を書いていて「こりゃまた偶然!しかも大宮の隅っこでね!」なんてことになって盛り上がっちゃって、ま、そんなことどうでもいいんだけど、その出会の延長に今日のステージがあるんだから妙な感じでしょ。で、今日みたいな日に、砂の女やら小椋桂やらが、やらやらと繋がって、終いに「夢芝居」が用意されているあたりが、どーもねぇ、ニクいよねぇ。

湘南ライナーで踵を返してビューンと大宮。
大宮駅前の高島屋B2レストランで小雪似のモリさんを眺めながら麻婆丼を食べて、2時すぎに小屋到着。
荷物をソファーに置き、上着のままおもむろに砂に手を入れ、冷たい感触に心を委ねて昨日のおさらい。
気づいた事をメモにとりながら60分でおさらい終了。
身体が暖まったので上着を脱いでもう一回。
今度はメモを書き込んだ絵コンテを見ながらの練習。二回目は45分で終了。まずまずの出来。
後はコーヒーを飲んでリラックスして、指先で砂をはじいたり線を引いたりという基本技のレッスンで小一時間を過ごす。一番緊張したのはこの頃かな。何と言っても目前に初のライブ。しかもまったく自信ナシ。だけどこのステージの向こうに新しい人生があるのだという儚い感触。身体と頭がバランスを崩して引き潮の砂浜でじっと立っているような無重力感。妙に足元が涼しい。
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日が暮れるころ、「稽古不足を 幕は待たない♪」を口ずさみながら、もう一回通し。本当に稽古不足。言い訳をする気はないけど、ここ一月、レギュラーの仕事と飛び込みの仕事に時間を取られすぎて、稽古は予定の半分もできなかった。あいかわらずの無計画さに我ながら飽きれる。だが無計画ながらも自分の無計画さはちゃんと計算の上。言ってみればプロの卑怯モノ。今回は何でもいいからライブをやって自分なりの答えを出すのが大きなの目標。だって、やらなきゃ前に進めないぜ!みたいな青春啓発的な伏線があるのだ。だけど恥も最小限に抑えたいという気持があって告知はギリギリ一週間前。ごくごく近所の友人だけ。むしろ誰も見に来ないでください、くらいの攻めと逃げが共生した中途半端なステージ。
で、ナンダカンダでついに本番目前。もう退けない。

またまた長い文章になってしまったので、本番は次回。
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by hikosukea | 2010-12-24 11:19 | ●舞台ライブの仕事
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